映画 『おくりびと 』をID分析

~YOSHIKO'Sエッセイ~<3月4日号>

モチベーション設計・インセンティブ設計とキャリアデザインの関係
プロフェッショナルのキャリアデザイン再チャレンジものがたり

話題の邦画「おくりびと」を見た。
今年のモントリオール世界映画祭でグランプリを受賞した作品である。
モックン(本木雅弘)演ずる主人公はオーケストラのチェロ奏者。
思いがけない楽団解散で、やむなく広末涼子演じる妻とともに、
東京から、ふるさと山形県酒田市へ帰り「納棺師」になる、というストーリーだ。
山崎努、吉行和子ら芸達者がワキを固め、
監督は滝田洋二郎、脚本は小山薫堂、音楽は久石譲。
いずれも旬なクリエータたちが紡ぎだす、
しみじみと美しい映像と、ことばと、音の世界だから面白くないわけがないのだが、
「ひとりのプロフェッショナルのキャリア再開発チャレンジ物語における、
モチベーション要因分析と、インセンティブ効果の持続可能性の検証」という視点から見ても
非常に興味をそそられる映画なのである。
たとえば、主人公がリストラ直後、自慢のチェロを売るシーンがある。
清水の舞台から跳びおりるつもりで買った1,800万円もするご自慢のチェロ。
手離すまでは忸怩たる思いで鬱々としているのだが、売ったあとは「意外なことに心が軽くなった。
「長年、"夢"だと思いこんでいただけで、本当は夢ではなかったのかもしれない」
と、むしろ清々とした開放感に浸る。
人が何かに熱中するきっかけとなるモチベーションには複数の要因があるといわれる。
彼のチェロに対するモチベーションの要因は、よくあるパタンだが、
幼児期における「父親に強いられ、褒められたい一心で練習したという非常に外因的なもの。
長じては「世界を舞台に華々しく活躍するチェリストってリッチでカッコいい」というセレブ志向、
つまり「経済的インセンティブ」獲得の欲求からキャリアを継続していたために、
突然のリストラという外的環境の変化でインセンティブが儚い夢になるとともに、
「仕事としてのチェリスト」あるいは「芸術としてのチェロ」に対するモチベーションもあっけなく萎んでしまうのである。

[ 教訓その1 ]
誉められるからすること、ご褒美があるからすることは、持続しない。
誉めてくれる人がいなくなる、他人に自慢できなくなる、
ご褒美がなくなるといった少々困難な局面に立つとモチベーションが急速に低下する。
大人は「自分で選んだ道だから」という原因帰属意識がなければ、情熱は長続きしない。
そして故郷で職探し。
「年齢問わず、高給保証! 実質労働時間わずか。旅のお手伝い。NKエージェント」
という求人広告につられ、期待と好奇心に胸を膨らませて面接に来たら、
それがなんと「納棺師」見習い。
遺体を棺に納めるという精神的にも肉体的にもタフな仕事に当然逃げ腰になるが、
山崎努扮する社長の「これは、おまえの天職だぁ!」のひとことになぜか踏みとどまってしまう。
さらには「おい、やってみるか?」
と唐突、無茶苦茶なオレ流OJTの連続に、
主人公は、「なんで~?!」とこぼしながらも、躊躇する間もなく、納棺師のノウハウを文字通りカラダで学んでいく。

[ 教訓その2 ]
モチベーションを喚起するのは外的な要因、つまり経済的インセンティブのためでもよい。
即効性があるからだ。
しかし経済的インセンティブの効果は長続きしない。
効き目がなくならないうちに次のステップである「社会的インセンティブ」を 与えることが重要だ。
つまり、社会・組織にとってなくてはならない重要な仕事であるというプライドを持たせ、
自尊心をくすぐり、「やればできるじゃない」 という達成感を早期に味あわせるのである。
このフェーズでは、潜在的なタレントを素早く見抜き、
「天職だ」と背中を押してくれる社長のようなメンター的存在が、モチベーション維持の大きな助けとなる。

葬儀というのは悲しみ、悔しさ、諦め、慌しさが入り混じった気持ちの落ち着かない場である。
そこに納棺師が現れ、淡々と、しかも優美な所作で儀式を進める。
すると不思議なことに、それを見つめる家族の表情が徐々に和らぎ、
逝く人に対する感謝と、安らかな旅立ちを祈る優しい雰囲気が満ちてくるのだ。

そんな社長の見事なパフォーマンスを隣で見ながら、
主人公は納棺の技術、知識、
さらにこの仕事が「人間の尊厳」を改めて確認するためのパフォーマンスだという価値観を刷り込まれていく。
無意識のうちにハートに火をつけられた彼は仕事の社会的意義を認識し、自分も貢献したいと自律性を持つようになる。

[ 教訓その3 ]
このとき主人公は「社会的インセンティブ」からさらに一歩進んで「道徳的インセンティブ」を自ら掴んだのである。
「社会的インセンティブ」はいわば相対評価で、社会が、あるいは組織が認めてくれるから、という意識が根底にある。
しかし「道徳的インセンティブ」は、自らの価値観、ビジョン、情熱から、
「これは、非常に意味のある仕事であり、自分がやるべきことだ」という判断をして始めて得られるものである。
このインセンティブを手に入れると、ハートはさらに燃え上がる。
少々の困難にも揺るがない強くしたたかなモチベーションへと変化する。

主人公の仕事を知った妻は、
「恥ずかしいから、やめてっ」
と猛烈に反対する。
しかし「道徳的インセンティブ」を持ち、
内因的モチベーションに燃える主人公は、
妻の家出という苦難にも耐え、黙々とキャリアを重ねていく。
そして子供のころ使っていた小さな安もののチェロを手に取り、
明峰・月山をバックに、初めて自分のために、心をこめて演奏する喜びを知る・・・。

感動的で美しいラストシーンはご覧いただいてのお楽しみとして、
さて、映画の中に出てきたモチベーションの要因、いくつあったかわかりますか?

外因性、原因帰属、期待感、好奇心、オレ流、達成感、社会的意義、自律性、内因性。
9種類のモチベーションが次々登場し、くじけそうになる主人公を励まし、背中を押していく。

では、インセンティブのほうはどうだろう?
経済的、社会的、道徳的。
3つのインセンティブが、主人公の成長に合わせて的確なタイミングで与えられ、新たなキャリア開発の原動力となっていく。

[ 最後の教訓 ]
インストラクショナルデザインでは"Motivation is everything"(モチベーションがすべて)という。
いっぽう経済学の世界では、「インセンティブは現代の日常の礎である」(スティーヴン・レヴィット)という。
効果的なキャリア開発にこの2つは欠かせないが、
NKエージェント社長が動物的な勘でこれを活用し、
たった一度の面接で、非常に効率的に人材の採用、教育、配置、活用、評価していたのには脱帽。
笑って泣いて、人材開発の勉強にもなる。やはり良い映画は奥が深い。


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